「しがらみ」ってなんだっけ―八王子から埼玉のわらじを照らし返す
八障連の方々と話していて、かって30年前に互いに訪問・交流し合ったスウェーデンの障害者団体に通じるものを感じた。彼らの組織原則は、自立・平等・連帯。障害別にこまごまと団体があったが、同じ人が10も20もの団体に属している。その団体が対等な立場で連帯し、国レベルでもまとまり、大きな影響を与えるまでになっている。スウェーデンの友人たちは「権利は闘いとるもの」と言い、私たちに「ネバー ギブアップ」と呼びかけてくれた。(上の写真はスウェーデンのニュータウン。この街を一歩出るとバリアがいっぱい。でも彼女は外へ。そこで、エレベーターに彼女が足で押せるスウィッチを付けさせた。) そんなパワーとさわやかさに、八王子でもふれたように思う。
だが、スウェーデンの友人たちから伝えられたもう一つのメッセージは、「私たちのような回り道をするな」である。彼らは隔離・分離の福祉を進めてしまったところから、徐々に地域への統合に取り組んでいった。それが「ノーマライゼーション」だ。いったん分けられてしまった障害者も他の人々は互いに別の世界の住人のようになっている。わずかな統合を行うにも、たいへんな努力と金がかかる。それは、いま埼玉県教育局が行っている「支援籍」制度を見てもよくわかる。
「回り道」をしないということは、「分けない」ということだ。それは障害者を差別し、排除する社会の中に共にい続けるということである。(上の写真は寝たきりの母を介護しながら暮らしている車イスの女性宅をスウェーデンの人々が見学しているところ。彼らにはやはり悲惨に感じられたようだが。)
もちろん生命の危険や絶望の淵に追い詰められた時の退避場所は必要だが、いったんそこに入ると社会から存在が消されてしまい、その人がいない社会が当たり前になる。だからこそ、それまでの何倍もの精力と金を傾けて「ノーマライゼーション」に努めなけらばならなくなる。
「あなたのためにいい場がありますよ」という誘いを断って、他者と共に生きること。差別もかんちがいも受けながら、せめぎあって生きること、その中で関係が変わって行くことを「しがらみを編み直す」と称しているのだ。(上の写真は通常学級で学ぶ車イスの子の授業風景をスウェーデンの人々が見学しているところ〉 だからこそ、八障連の方々からの「世代交代は?」という問いに対して共に学ぶ活動にふれたのだが、十分には伝えきれなかった。
では、いったん分けられてしまった後は大変なコストがかかる「ノーマライゼーション」の道しかないのか といえば、必ずしもそうとはいえない。かっての青い芝が「生きざまをさらす」と称した実践が、まさにもうひとつの道なのだ。それは場や制度をこえて、ひとりの人間として、そこに、社会の中にいるということだ。逆にいえば、社会の他の人々が、場や制度によって分隔てられずに、人間としての障害者と出会い、一緒に動くことでもある。
場や制度は、社会にとっては分けるためのシステムだが、個々の人間にとっては生存権や生活権、労働権などの土台であり、それに伴う義務の体系としての社会秩序でもある。かっては義理・人情、地縁・血縁というしがらみが、共同体的な生活を基盤として存在したが、それが解体し始めたいまでは、場や制度に象徴される権利と義務の関係が、しがらみのほつれを補っているといえる。「しがらみを編み直す」とは、それらすべての編み直しである。
八障連の草分けの方々はみな制度がない時代から、地域の中で共に生きる関係を紡ぎだしてこられたと思う。幸か不幸か、その後東京一極集中の時代が到来し、手づくりしてきた関係を支える制度が充実した。そして、八障連の連帯の力で総体としての底上げが実現してきたと思う。わらじの会は東京とくらべてはるかに遅れた埼玉という環境のゆえもあるが、さらに制度利用に関し、それが障害者や支援者の権利を支えるものであっても、おずおずと臆病に活用してきたという経過がある。
そのぶん、地域の学校への就学や公立高校進学、そして近所の人々の手を借りる全身性障害者介護人派遣事業の堅持、また福祉施設や院内デイケアの対象者とされている人々も含めた地域の職場への多様な形での参加などに力を割いてきた。このような地域に根差した活動にかかわるためには、障害者も家族も関係者も、腰が軽くないとやれない。また、権利意識よりも、異なる立場の者同士が日常的に一緒に動いてみることを優先しなければ成り立たない。そこには差別や偏見も根強くあるが、それらはふだんの生活や労働や地域の人間関係と結びついており、一緒に生きる中で、からまった糸をほぐすしかない。「困ったね」、「しょうがないね」は合言葉だ。だから、「しがらみを編みなおす」と表現しているのだ。だが、一緒に動けば相手も変わり、自分も変わる。確実に。(上の写真は落とされた高校の入学式への自主参加)
わらじの会関係の施設やケアシステム等は、八王子とくらべられないほど、給与によって生計を立てている常勤職員の比率が小さい。その代わり障害者本人や家族も含め、さまざまな人々が、多様な形でかかわっている。そのもっと外側の、基本的には境界が常にフレキシブルな活動として、「いつでも誰でも」というわらじの会の活動がある。ここでは利用者とか非利用者とか職員とか家族とかボランティアとか、区別なくごちゃごちゃと動き、ぶつかり、語り合い、食べたり出したりする。それが、夏合宿(上の写真)、大バザー、クリスマスの三大行事だ。
わらじ関係の各施設やケアシステムはそれぞれ個々に理事会や運営委員会をもっているが、それらの活動の在り方の問い直しも含めて、ときどき「くっちゃべる会」をやる。遠くに住んでいる者や活動にかかわっていない人も含めて、グループに分かれて語り合う。その中身いかんによって、施設やケアシステムの運営方針自体にも大きな示唆が得られることもあり、理事会や運営委員会のありかたにも影響を及ぼす。それらの会議に委員でも事務局でもない者が、通りがかりなどに口をはさむのは、わらじの会の日常風景である(上の写真は「べしみをくっちゃべる会」)。
最後に述べた部分については、ネットで拝見した「ほっとすぺーす八王子」の活動の雰囲気に似ていると感じた。当日は司会を担当されていてご意見をうかがうことはあまりできなかったが、「やぶれかぶれの団体ですから」と自称されていたのが印象に残った。時にはひんしゅくを買いながらも、八障連の集まりでも疑問があればどんどん出されているらしい。また、旅行を兼ねて、遠くの団体と交流・討論してしまうところも似ている感じだ。
かくて、八障連の方々との交流イベントは、来し方・行く末を考えてみるきっかけとなった。八障連の、パンドラの函のような異質な存在を抱くふところの奥の深さに深く敬意を表しつつ、今後ともつながりあってゆけるよう期待したい。どうもありがとうございました。
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