孤立死 生保バッシング から 社会保障権の歴史と現在を ―寺久保光良さんを迎えて (上)

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私も運営委員に名を連ねるグループホーム・ケアホームテレサ勉強会 今回は「生活保護制度―利用と自立 笑いの効用」と題する寺久保光良さんのお話。たしか、10数年前に越谷で聴いて以来二度目。あの時は、たしか和光市役所の生保ケースワーカーだった。
 レジュメが二つ配られた。ひとつは生活保護制度について。もうひとつは「病気になって分かったことと、笑い」と題するもの。筆者は近頃物忘れが甚だしいので、ブログで復習しておく。

 まず1枚目のレジュメ。大きな項目だけ紹介しておこう。

1.生活保護をめぐって話題になっていること
2.保護基準引き下げの影響
3.日本の社会保障の構造
4.公的扶助の役割(特に生活保護)
5.社会保障権とは
6.しかし今…それが大きく侵害されようとしている時代に


 まず1について。

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①昨年、札幌市白石区で姉妹病死、餓死凍死事件
生活保護申請に3度も福祉事務所を訪ねているのに保護申請を受け付けずに
②保護バッシング…芸能人の母親が生活保護を利用していたことに対して、自民党の片山議員が
保護利用者をスケープゴートに…違法ではないことをことさら
③兵庫県小野市で…小野市福祉給付制度適正化条例=「住民監視条例」
④大阪で母子の孤立死事件(あながち福祉事務所の責任とはいえない問題)
⑤生活保護基準引き下げの動き…参議院選挙後(8月)から7~10%引き下げ
⑥税と社会保障一体改革ではっきりしていることは増税と保護費や年金の引き下げ
   医療保険の民間保険化、解体も?


 このうち片山さつき議員によるスケープゴート事件については、フランスのマスメディア関係者が「フランスでは考えられない」と述べていたとのこと。また、小野市の五人組的な相互監視条例については、大阪でも検討中であるという。

 大阪での孤立死事件については、母が門真市の福祉事務所で相談をつめており、その直後に北区に引っ越ししてしまったため、相談が切れてしまったという事情がある。同様なケースとして、昨冬立川市で母子孤立死事件があり、子どもには障害があった。福祉的な支援として、オムツの支給や障害児施設の利用などはしていたが、支援が部分的で全体的な把握はできていなかったという問題がある。

つぎに2について。
生活保護基準は最低生活の基準で、いわば底支えであるので、ここが引き下げられるとビンの底が割れてしまうのと同じ。だるま落とし現象が起きてしまう。基準引き下げの影響は、最低賃金、非課税基準、就学援助基準などが軒並み引き下げられることにつながる。また介護保険、国民健康保険など30以上の施策への影響も生じる。

片山議員のような大々的なバッシングがなくとも、「生活保護を受けるのは一族の恥だ」といった意識や、逆に生活保護基準以下の生活を余儀なくされていても、「うちは生活保護のお世話にはなってない」ということを誇りにして生きている人も多い。厚労省の試算でも、生活保護が必要な生活をしている人のうち、実際には2割しか保護を受けていないという。しかし、そうした人々のささやかな誇りをかろうじて維持している生活すら、壊されてしまう。それがだるま落としの意味。
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つぎに3について。
日本の社会保障の構造として、公衆衛生、社会保険、公的扶助の三つを挙げている。ふつうはここに社会福祉が加わるところだが、その社会福祉のうち、高齢者福祉は介護保険が導入され社会保険に組み込まれてきたし、障害者福祉についても同じ方向がめざされる過程で自立支援法~総合支援法が施行されている状況を踏まえて、別にしたのかもしれない。そこは聞きそびれてしまった。
ちなみに、社会福祉を含めて上記の諸制度を社会保障と位置付ける根拠は、通常、1950年の社会保障制度審議会の「社会保障制度に関する勧告」の下記の定義によるとされる。

「社会保障制度審議会は、この憲法の理念と、この社会的事実の要請に答えるためには、一日も早く統一ある社会保障制度を確立しなくてはならぬと考える。いわゆる社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいうのである。」

 この「疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業多子その他困窮の原因に対し」という普遍的な困窮への対処としての社会保障に対し、高齢者、障害者、児童、母子に分かれた社会福祉は位相を異にする枠組みとして、寺久保さんは社会保障に含めなかったのかも。

 なお、これに続き、「勧告」はつぎのように述べている。

 「このような生活保障の責任は国家にある。国家はこれに対する綜合的企画をたて、これを政府及び公共団体を通じて民主的能率的に実施しなければならない。この制度は、もちろん、すべての国民を対象とし、公平と機会均等とを原則としなくてはならぬ。またこれは健康と文化的な生活水準を維持する程度のものたらしめなければならない。そうして一方国家がこういう責任をとる以上は、他方国民もまたこれに応じ、社会連帯の精神に立って、それぞれその能力に応じてこの制度の維持と運用に必要な社会的義務を果さなければならない。」

ところで、寺久保さんの話に戻る。医療保険や年金、そして介護保険、労災保険、雇用保険が含まれる社会保険について、次のように述べる。

国民(被雇用者)、雇用者、国などで原資を負担
病気やケガ、年齢、障害などで一定の要件で保険給付
*国・自治体による負担は元は私たちの納めた税金なので、私たちは二重に取られている。


たしかに社会保険料というが、実質は社会保険税だ。そして、「福祉目的税」などと銘打って増税される部分は国民(被雇用者、失業者)からの消費税だ。

寺久保さんの公的扶助についての説明は、とてもユニーク。

公的扶助…100%が税金(自己負担なし)…生活保護、児童手当、児童扶養手当、高齢者への手当、障害者手当、広くゴミ収集・消防・救急業務など。
 しん坊さんの救助も公的扶助…当然のこと。


 児童手当をはじめとする諸手当は社会手当と呼ばれる。生活保護は資力調査が必要とされるが、社会手当は低所得者向けで、所得制限がある。そのため社会手当を、「公的扶助と社会保険の中間」として別にする見解があるが、寺久保さんは公的扶助に含める見解をとる。

さらに、ゴミ収集や消防、救急などは、一般に行政サービス、公的サービスなどと呼ばれ、寺久保さんのように公的扶助として位置付けられることはきわめて稀である。これは、寺久保さんが、つぎの4で示されるように、公的扶助を生存権保障として、あるいはそれなしでは社会権が成り立たない最低保障としての社会保障権の中核として位置付けていることを意味するだろう。それが崩れると、すべてが崩れるのだ。
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つぎに4について。ここでは寺久保さんの公的扶助の位置づけが示される。

 セーフティネットから漏れたり、外れたり、終了した場合の最後の生活保障
 憲法25条による「健康で文化的な最低限度の生活」保障
「最低限度」というから聞えが悪いが、
     「最低生活」というのは「健康で文化的」であるということ
 国民生活の根本的な下支えの制度
 ゴミ収集・消防・救急業務なども住民の生活と健康、財産を守ることで同じこと


つぎは5について。ここでは社会保障権の歴史が述べられる。

 1600年代の産業革命時には労働者の権利はなかった
 その後、労働者の闘いなどによって、児童労働や女性労働を規制したり
 救貧法を制定し、アメとムチの政策を推進
 労働者の人間としての自覚と、民主主義・国を国民が統治する歴史の流れ
 イギリスで市民革命(1649年、1688年)
 フランス革命(1789年~1799年)…レ・ミゼラブル
 ロシア革命(1917年)…社会保障の概念が示される
 ドイツ革命(1918年)など…社会保険の概念が提起される

日本は?
 明治初めに自由民権運動
 1918(大7)年に米騒動…その後公営住宅、公益質屋、公設市場、職安など国民向け施策を行う
 大正デモクラシーの中で、共産党や労働組合、女性団体、消費者団体など今日につながる運動、団体などが誕生した
 救護法の制定(それ以前は恤救規則・単なる通達)  
   生活保護の萌芽、権利ではないが国の仕事に
しかし、その後、戦争体制(大政翼賛会)に進み、反対勢力を徹底的に弾圧
*敗戦により国の主人公は国民に
 それまでの先人の闘いと、アジアの人たちの犠牲1880万人
日本軍人の死者220万人、日本の国民(非戦闘員)死者100万人という加害と被害と犠牲によって獲得した現行憲法下での
          平和と国民の生存権…社会保障権

憲法97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在および将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。


 この憲法97条は自民党憲法改正草案では削除されている。憲法11条と重複しているからだという。

第11条[基本的人権の享有]
 國民は、すべての基本的人權の享有を妨げられない。この憲法が國民に保障する基本的人權は、侵すことのできない永久の權利として、現在及び將來の國民に與へられる。


 自民党は、基本的人権が多年にわたる自由獲得の努力によって得られた成果であることと、過去幾多の試練に堪えてきた権利として、過去の人類から信託されたことを抹消し、非常時など場合によっては人権侵害も許されると抜け道をつくりたいのだ。

 ところで、社会保障権の歴史から学ぶべきこと。若干私見を交えて。

 社会保障権は、産業革命以後、人々がそれまで築いてきた生活と文化を奪われ、単なる労働力として過酷な労働へ追いやられ、健康と暮らしを破壊されていった事態に対し闘い、時には権力を倒すほどの状況の下で、得られた成果である。

かくして世界各国に定着した社会保障制度は、アメとムチの両面の性格をもつ。とりわけ30年代後半から第2次大戦後に各国に拡がっていった社会保険は、産業構造の変化により多数の人々が被雇用者となった社会に対応したアメとムチの制度。

医療保険は病院、医師会や製薬資本の利害を調整して運営される。労働災害や職業病の認定のために、被害労働者が因果関係を証明しなくてはならないなど、企業防衛が前面に出る。介護保険は、バブル崩壊、長期不況下のリストラ、労働力流動化に対応した福祉の民営化、シルバー産業育成策でもあった。

 しかし、非正規労働者が2000万名を超した時代、社会保険の仕組みそのものが危うい。これまで以上に底支えとしての公的扶助の役割が重要になる。
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この記事へのコメント

村石太だー&検索マン&あ男
2013年07月15日 09:44
参議院選挙で プログ検索中です
自民党 圧倒 人気かなぁ(新聞の調査結果~)他の党は 票われ選挙でどうなるかなぁ。
3つの岐路といわれる 3つとも反対の4党の支持率~
原発反対の党は 多いかなぁ 憲法とTPPは 意見 それぞれですね。参議院政権を握るのは~
私の県の 参議院は 誰にしようかなぁ
国会 参議院の多数決は~長い歴史の中で~
政治研究会(名前検討中

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