わからなくなったー障害者大量殺傷事件裁判 2020.4.8 すいごごカフェ 澤則雄さんトーク

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何が裁かれたのか?

16回の裁判の中で、7回傍聴できた。裁判所がすごく気を使って、裁判では遮蔽席があった。家族席からは植松の顔が見えないようになっている。初回の1月8日は29人でほぼ満席。3回目以降は3家族6人で、ずっと最後まで3家族しか行かなかった。匿名報道と遮蔽席というのはなんだったのかな。

裁判を聴くにあたって心がけていたのは、量刑を決めるだけでなく、どうしたらこのような事件が二度と起こらないようになるか。裁判が何を裁いたか。…しかし、新しい事実は何もなかった。細かな証言はいろいろ出て来たけど、じゃあそれがこの事件の核心に触れる部分かといったらそうではない。植松自身もそう言っている。検察側も弁護側も障害者がなぜいない方がいいかと聞いても、「気づいたから。わかってしまったからだ。」と、そういう言い方しか返ってこない。

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確信犯ではなかったのかも

判決が出た後、彼は死刑は怖くないと言った。イルミナティというカードがあって、9月6日か6月9日に横浜に原爆が落ちる。だから死刑になる前に俺は死ぬから怖くないんだそう。そのカードには3104という数字も出てきて、それはサトシと読めるので世の中の救世主は自分だと。人類を救済するんだという使命感を得たからこの事件を起こしたと。

甲Eさん(被害者家族)が被告への質問でコンプレックスからこの事件を起こした?と訊いたが、それに対して植松は「歌手や野球選手になっていたらこんなことはしてなかったと思う。」と返した。ここが、もしかしたら彼が事件を起こす本当の動機だったのかなと思うといたたまれない。僕は、彼は思考を深めていった確信犯だと思っていたが、これでは思いつき。日本人類を、世の中の急所をつかみかけると思い、この事件を調べてきたが、この裁判が終わった後に、これは一体なんだったのかなという脱力感を感じた。
映画のタイトルは「生きるのに理由はいるの?」としているけど、生きているために理由はいらないんじゃないかと思う。そういうふうに言い切れる社会じゃないと。

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簡単に殺してはだめ

野島:弱い障害者を殺さないで、もしやるんだったら筋肉の強い障害者をやれば
   いいじゃないかっていつも思って。喋れない弱い人を19人も殺しちゃだめ
   。さっき言ってた通り、弁護士もちゃんと植松がなんでやったのかもっと
   聞けばいいのに。俺が革命を作るんだとかそんなえらそうなことを言わせ
   たまま簡単に殺しちゃだめだと思った。
 澤:遺族の調書の中でも極刑を望むというのは、みんな同じだった。でも、死
   刑廃止論じゃなくて、いらない人間だからというのは結局植松と同じ感じ
   ではある。これだけみんな植松と手紙とかで話すのは、植松の飛躍した論
   理を崩せないかと考えているから。彼はこの事件を起こして申し訳なかっ
   たって謝っているけど、謝り方も知らない。指を噛み千切ったから謝った
   ことにはならないってうのが彼にはわからない。
日吉:前回以上にずしっとくる。これって障害者だけの問題じゃないと思う。何
   かの枠組みにとらわれる人達にとっては、トリアージの対象になってしま
   うと思うし。私は自分の中の闘いだろうし、今日話を聞いた方はいろいろ
   考えることがいっぱいあると思う。今日映像を見たことを他の人にも話を
   して、拡げていきたいなと思う。

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