私の街歩きマップ 2021.8.4 すいごごカフェ 橋岡大介さん(くらしセンターべしみ通所者)

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いじめも経験しながら生きてきた

 1978年(昭和53年)12月1日に未熟児で生まれた。武里団地育ち。私の趣味は作詞作曲して歌を作ってせんげん台の駅前で一人で歌ったり、プラモデルを作ったりすること。
 目は3歳の時から弱視で、距離が遠くなるほどぼやけて見える。耳も3歳くらいから悪くて、今も難聴。聞こえてるんだけど、たくさんの声がいっぺんに入っちゃうので3人とかだと分けて聞くことができない。
 小学校は地元の大畑小学校(現 武里南小学校)の普通学級に行った。クラスに障害のある生徒は僕だけ。4年生までは友達がいたんだけど、5,6年生だけはいじめられて友達がいなかった。なんでかはわからない。中学校は最初は中野中学校。引っ越しで春日部東中へ転校してからはたくさん友達ができた。中学卒業後は、春日部の専門学校に5年通って、パソコンと事務の勉強をした。


べしみとの出会い

 べしみに行くことになったきっかけは、学校卒業後に陶芸をやりたいと親に言ったこと。それで2000年(21才の時)から毎週金曜のべしみ陶芸教室に通い始めた。2008年からはべしみの通所者になって、陶芸の他にもクッキーやパンを作るようになったし、市役所販売や越谷市の農業技術センターでの実習もやった。

 2003年(25歳の時)、さらに目が見えにくくなったので病院で検査したら網膜色素変性症という病気で目が悪いことに気付いて、それから白杖を持つようになった。2011年、べしみの市役所販売で陶芸を持った時にぎっくり腰になって、坐骨神経痛で1年くらい外に出る事ができなくなった時期がある。2015年頃には車と接触しそうになったけど、白杖が先にぶつかって僕は回避できた。白杖は飛んでってしまったけど。1人で電車に乗った時には白杖が電車のドアに挟まっちゃって、白杖だけ乗ってっちゃったことも。


GHで一人暮らしの練習中! 

 現在は1人暮らしをしたいのでその練習をしてみようと、南桜井にあるグループホームに昨年12月20日から入居している。今GH(グループホーム)に入ってるのは僕含めて2人。スタッフが女性が多くて賑やか。西と南が窓なので、今は夏だから朝暗い時でも電気をつけなくてもいろんなものが見やすい。ただ、GHの外には街灯がなくて信号機もないので、9~1月くらいはほぼ真っ暗な状態で、横断歩道でも渡りづらい状況。それに歩道がなくて危ない。部屋の掃除は自分でやって、見えてないところは世話人さんにやってもらってる。洗濯物はハンガーにかけるまでは自分でやって、竿にかけるのは手伝ってもらってる。

 不満はいっぱいあって。1つは風呂が狭くて手すりにぶつかるので、自分で洗うのが手間。もう1つは、食事。最初は職員が料理してくれてたんだけど、今はヨシケイで頼んでるからおかずの量がすごく少なくて食べ足りない。ストックは基本的にOKなんだけど、僕は食べすぎちゃう危険性があるので管理してもらってる。数値があと1減れば糖尿病じゃなくなると思っているんだけど。とにかく夜お腹空いちゃうから、お昼にいっぱい食べてる。あとは座敷わらしが取ってくのか、自分の部屋に置いたものが、お金にしろゲームにしろほとんどなくなっていく。僕が出る時は鍵を閉めるけど、換気とか布団を干す時は合鍵で開けられているからなのか…。職員に相談して一緒に探したけどどうしても見つからなくて、鍵がつくところに入れようってなったけど。


質疑応答 ~橋岡さんはこれからどうしたい?~

樋上:べしみで最近やらなくなったけど、パン作りとか、大ちゃんとしてはまたやってみたい?
橋岡:できればパンもクッキーもやってみたい。この間就労移行支援事業所で面談したんだけど、将来仕事にしたいことを聞かれたから、パン・クッキー作りと事務作業がやりたいって話してきた。
星名:今のGHは第一歩。今後、誰かと一緒に暮らしたいって希望は?
橋岡::結婚はあまり考えてないけど、自分の家を買いたいなと。小渕は450万、恩間新田では750万で買えるって。でもずっとGHにいてもいいかなって悩んでる。

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