フリースペース 絵本館の旅路で 2021.9.15 すいごごカフェ 植田恵子さん(こしがや絵本館代表)

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街角の美術館にどうぞおいでください

 絵本館は、地域の出会いの中で、大きい人も小さい人も、男の人も女の人も、障害のある人もない人も、学校に行ってる子も行ってない子も、というスローガンを掲げて1999年11月1日から始めた。名前の通り、絵本がたくさんあるフリースペースの場。置いている本はほとんど絵本だけど、美術館のカタログも30冊くらいあって、写真集や大人向けの本もある。ロングセラーのものを主体にして最近のものを少しずつ入れている。布の絵本も30、40冊くらいあってすごく人気。街角の美術館という思いでもやっている。

 主な活動は、会場を貸す形でミニコンサートや講演会や勉強会をしたり、手作り品の委託販売をしている。ギャラリーは毎年同じ方が繰り返し出している形になっているかな。けど、作家さんたちは頑張って準備してくれているので完成度が高い良い作品がそろっている。今日私が着てるさをり織りの服もそう。世一緒さんのしらこばと笛、ひかりの森さんのゆかたの花、すいーつ畑さんのクッキーなどいろんなものを委託販売しているけど、販売の限られた枠の中でみんなで支え合うことができたらと思っている。

 今は来てないけど、NPO法人 越谷らるごさんで社会勉強したいって子を2~3週間くらい実習させたこともある。らるごに来ること自体はクリアして一歩元気になっていて、何も言わなければ普通のお嬢さんだったりするんだけど、社会に出て働くには自信がないって子達が来て、朝のお掃除、本の整備、お茶出しなんかをしてもらってた。でももう4、5年はやってない。うちは今でもいつでも大丈夫だけど。

 一番最初の催し物はバイオリンを演奏する方のお話会からスタートした。当時も珍しい場所だったと思うけど、50~60人集まった。それから5、6年は親子さんが来て賑やかだった。時代の流れもあって、ランチは10周年目で終わったけど。今でも飲食物はなるべく添加物なしとか無農薬のものを出している。

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絵本館のきっかけは、勉強して知識を得たこと

 今の絵本館にどうつながったか。両親は板橋に住んでいたんだけど、昭和24年、戦争の疎開で行っていた青森で私は生まれた。JR本州最北端の駅がある下北半島の一番突端に大畑というイカ釣りが有名な町があるが、そこで中学まで過ごした。ヒバの香りや特産のりんごで育った。私は5人きょうだいの末っ子。50年以上前って、戦後何年後かで親も苦労していたと思うけど、親きょうだいにかわいがってもらった。働いているのも今私くらいなので応援してくれている。家族からは影響を受けたり、力をもらった。

 都内の短大の福祉科に進み、将来を考えた時に本が好きだったので、卒業してからは書店に6年間勤めた。その後結婚して専業主婦になったけど、大きな手術をしたこともあり、子育てをしながら何か勉強したいと思ってた頃、さいたまコープが宮本町に出来て。その生協がいろんな勉強会をしていて。食につながる安全とか平和とかいろんな勉強をしたのが基礎になった。それで地域ともつながりができて、いろんな人との今につながってる。

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優しさが感じられる場所であり続けたい

 今も毎日新聞や読売新聞などマスコミがすごい載せてくれるので、浦和とか遠方からうちのギャラリーを目指して来てくれる方もいる。でも最近は若い方はほとんど働いているので、時間もなくて精一杯で、親子での来館は少ない。土曜とかはお孫さんを連れてくるおじいちゃんおばあちゃんがいたり、ぽつぽつ。どこで情報をキャッチしてくれてるかな。でも、1つのテーブルにいろんな世代の方が座って、よその赤ちゃんを孫のように一緒に話ができるので、みんなが一緒というのが一番嬉しい。本当はそれが当たり前なんだけど、今の時代はなかなかそういう機会がないので、交流できるのがうちの良さかな。皆さんの中で、学校とか家庭とか職場とは違う場所になれたら。居場所を持つって大事。絵本館は場所づくりってことでいろんな人を助けていけたらと思っている。器械の性能もよくなってきている時代だけど、やっぱり土台は人であって。細やかな感情とか、優しさとかが必要だと思う。そんな場所であり続けたい。一生懸命頑張って働いて感謝もされるけど、皆さんからまたいただくものもたくさんある。私も75歳を過ぎたので存続を考えるけど、生涯現役という気持ちでできればと思っている。皆さんもぜひ絵本館に来てください。

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