相談者から学びつつ 2021.10.13 すいごごカフェ 樋口由美さん(春日部市障害者支援センターえん)【前編】

DSCN9453.JPG

自分も難病を抱えるようになって

 江戸の三大祭りの一つ、水かけ祭りの有名な江東区の深川出身。小さい頃から3年に1回は神輿を担いでいた。みんな顔見知りと言う感じで、地域でわちゃわちゃしているところで育った。
 事務職(ほぼ営業)の仕事で15年間日本橋に勤務したけど、結婚をして春日部に引越し、妊娠して退職した。それからは介護の資格を取り、ヘルパーの仕事をしていた。しかし、仕事中にむち打ちをやってしまってから首が痛くて寝込むことが多くなってきたので、首に負担をかけない仕事はないかとハローワークに行った。介護の資格を活かしたかったし、4人の子供のうち次男は多動がひどくて障害について勉強したい気持ちもあって、ハローワークでえんの求人票を見つけて応募した。それで、わからないながらも相談員として一生懸命やっていたんだけど、また首が痛くなってしまって。お皿を落とすようになるくらいしびれがひどくなり、病院に行ったら原因不明の難病だと言われて。

 後縦靭帯骨化症といって、背骨中の首の部分の骨と骨をつないでいる部分が分厚くなって骨になってしまう病気だった。隣に脊髄があるのでしびれの影響が出ちゃう。完治はしない。進行がゆるやかだとは言われているけど徐々に広がって、ひどくなると歩行困難になったり、転んで首を打つとまただめになっちゃって四肢麻痺になるくらいだって。それがわかって、一度骨化しちゃうと治らないので、3年前に骨を切って広げて圧迫を取る手術をしてきた。でも筋肉を切ったせいか、手術前より痛みが他まで出てきちゃってる。今はだんだん首が固まって真っすぐになってしまって完全に上は向けないので、横を向くにも体ごと向く感じ。

DSCN9454.JPG

えんで働いていたから前向きになれた

 難病になってから、今まで障害の方に大変ですねと言ってきたけど、わかってなかったなって。歩道は穴が空いてたり、ちょっとななめになっていると杖だと転んでしまう。こんなに町って歩きづらかったんだなって実感するようになってきた。杖でもこれなのに車いすってもっと大変だなって。それに、今までは相談員として困ったことを一緒に解決してきたんだけど、今は逆に私の話を聞いてもらっている。私自身が車いすになる時にはいろいろ教えてくださいと皆さんに言いながら訪問しているんだけど、逆に皆さんとフレンドリーになった感じを今受けている。

 えんに入れてなかったら、不安で外に出れずに寝てたんだろうなと思う。でも、車いすだったり杖だったりいろんな障害の方がいて、皆さん車いすでバンバン動き回ってるじゃないですか。だから安心していて。これは運命だったなと。難病はもう治らないけど、こういう病気がわかるようになったのはいいことだなって、前向きにとらえて頑張って生活していけたらと思っている。



同じ体験をしたからこそ、アドバイスができるように

 それに、頚髄損傷とかも同じ症状な気がして、1人じゃないんだって不安が軽くなったと思う。だから今、ピアカウンセラーって重要なんだと身をもって体感している。同じ体験をしたからこその気持ちで話ができるかなって。それをやっていただける方がなかなかいないので。動けなくなったら自分がピアカウンセラーになろうかな。

 次男が小学校入った時、多動が落ち着かなくて担任から授業の邪魔だから支援級に行った方がいいと勧められた。でも、えんで働いていたのでいろんな相談をして、「普通級で大丈夫だよ、頑張りなよ」と後押ししてもらって残った。それから落ち着いてきて、今は友達もできて、あの時支援級に行かなくてよかったなと。えんにいなかったら先生に言われるままに行っていたと思うから。こういう体験をしたことで、友達のお母さんに「大丈夫だよ」と言ってあげられる立場になったなと思っている。

DSCN9455.JPG

後編へ続く↓
https://room-yellow.seesaa.net/article/202202article_6.html

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック